人手不足や物価高の影響を受けつつも、約7割の中小企業が賃上げを実施(予定含む)しているという興味深い調査結果が公表されました。
本記事では、2025年6月に日本商工会議所と東京商工会議所が発表した「中小企業の賃金改定に関する調査」結果をわかりやすく紹介します。あわせて、国の支援制度や実際の中小企業の賃上げ事例もご紹介します。
調査概要
- 実施主体:日本商工会議所・東京商工会議所
- 回答数:3,042社(全国47都道府県)
- 実施時期:2025年4月14日〜5月16日
- 対象:従業員数20人以下の小規模企業(53.0%)を中心とする中小企業
本調査では、賃金改定の実態を把握するため、2024年4月と2025年4月時点で在籍していた正社員およびパート・アルバイトについて、賃上げ状況を比較・分析しています。
賃上げの実施状況|正社員・パートともに約7割が賃上げ
● 正社員
- 全体の賃上げ率:4.03%(前年比+0.41pt)
- 平均賃上げ額:11,074円
- 小規模企業(20人以下):3.54%(前年比+0.20pt)、9,568円
● パート・アルバイト
- 全体の賃上げ率:4.21%(前年比+0.78pt)
- 平均賃上げ額:46.5円
- 小規模企業:3.30%(前年比▲0.58pt)、37.4円
特筆すべきは、賃上げを行った企業のうち「5%以上の賃上げを実施した企業が全体で3割を超える」という点です。企業規模や業種によるばらつきはあるものの、賃上げに前向きな動きが強まっています。
賃上げを実施した理由:「人材確保」「物価上昇への対応」が7割超
- 人材確保・採用のため:71.5%
- 物価上昇への対応:69.4%
- 同業他社に合わせた対応:45.7%
多くの中小企業が「人手不足対策」や「物価高対応」として賃上げを選択しています。一方で、「業績は改善していないが賃上げを実施する」という“防衛的な賃上げ”の割合も6割を超えています。
賃上げを見送る理由:「売上低迷」「コスト転嫁が難しい」
- 売上の低迷:58.2%
- 資金面で余力がない:43.8%
- 原材料費・エネルギーコストの上昇:38.0%
- 価格転嫁の難しさ:35.6%
特に小規模企業では、価格転嫁の困難さから賃上げに踏み切れないケースが目立ちます。約3割の小規模企業が「賃上げを見送るか未定」としており、政策的な後押しが求められています。
地域・規模別の傾向
区分 | 賃上げ率 | 平均賃上げ額 |
---|---|---|
都市部(全体) | 4.37% | 12,857円 |
地方(全体) | 3.94% | 10,627円 |
地方・小規模企業 | 3.55% | 9,269円 |
都市部と地方・小規模企業の賃上げ率には約0.8ポイントの差があり、構造的な地域格差も浮き彫りとなっています。
国による賃上げ支援策の例
■ 業務改善助成金
- 概要:生産性向上の取り組みを行ったうえで、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合に、設備投資等の経費の一部を助成。
- 助成額:最大600万円(賃金引上げ額に応じて)
■ キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)
- 概要:有期雇用から正社員へ転換した際や、賃金テーブルを改定し、賃上げを実施した場合に助成。
- 助成額:1人あたり最大25万円(生産性要件で最大37.5万円)
■ 中小企業向け税制支援(賃上げ促進税制)
- 概要:賃上げ率に応じて法人税を最大40%控除。赤字企業でも繰越控除制度あり。
実際の賃上げ事例紹介

【事例1】製造業(従業員18名・愛知県)
- 業績が改善しきれない中、「人材流出の防止」を最優先に、月額7,000円のベースアップを実施。
- 「業務改善助成金」を活用し、機械の更新やレイアウト変更を行い生産性向上を図った。
【事例2】飲食業(従業員8名・福岡県)
- パート・アルバイトを時給30円アップ。
- 同時にキャッシュレス注文端末を導入し、業務効率を改善。
- 業務改善助成金と地域の補助金を併用し、原資を確保。
中小企業の声:賃上げは「使命」だが「重圧」も
調査に寄せられた自由記述からは、以下のような声が目立ちました:
「人手不足や物価高で経営は非常に厳しいが、賃上げは避けられないと感じている。一時金の増額などで対応している」(中部・製造業)
「価格転嫁が進まなければ、賃上げは単に利益を圧迫するものになる。政府には継続的な支援策を期待したい」(九州・小売業)
「持続可能な賃上げには、社会保険料負担の軽減など、制度面での支援が不可欠だ」(四国・卸売業)
まとめ|賃上げを“投資”に変える中小企業の経営戦略とは?
今回の調査では、中小企業が厳しい経営環境の中でも、人材確保や物価対応のために賃上げに取り組んでいる姿が浮かび上がりました。一方で、「価格転嫁の難しさ」「将来不安」などが重くのしかかっているのも事実です。
今後、政府や自治体による支援制度を戦略的に活用し、賃上げを単なるコストではなく、“将来への投資”と捉える視点がますます重要になります。
中小企業診断士としても、個別企業の実態に即した賃金戦略の支援、助成金・補助金の活用提案、そして価格転嫁の交渉力向上など、より実践的な支援が求められています。