大学発ベンチャーは、我が国の科学技術と産業を結びつけ、革新的な価値創出の中核として期待されている存在です。特に近年は、ディープテック、ヘルスケア、AI、グリーンテクノロジーといった分野で世界的に注目されるスタートアップが続々と誕生しており、大学と経済をつなぐ「知のインフラ」としての重要性が増しています。
本記事では、2025年6月に経済産業省が公表した「大学発ベンチャーの実態などに関する調査」(令和6年度技術開発調査等推進事業)の内容をもとに、大学発ベンチャーの動向と課題、そして求められる支援策について解説します。
5,000社を突破。大学発ベンチャーの着実な成長
2024年10月時点で確認された大学発ベンチャーの総数は5,074社に達し、前年の4,288社から786社もの増加となりました。この増加幅は調査開始以来最大であり、大学発スタートアップの設立が全国的に加速していることが伺えます。
都道府県別では、東京都が最多の1,936社を占めており、その中でも東京大学発ベンチャーは468件と、全国最多を誇ります。これは、大学の研究開発力だけでなく、産業界・投資家との連携体制が整っていることの証左でもあります。

起業の源泉は「研究成果」。起業家教育も追い風に
大学発ベンチャーの類型を見ると、最も多いのは大学の知財や研究成果を活用して事業化した「研究成果ベンチャー」であり、全体の44%を占めます。次いで学生起業による「学生ベンチャー」が28%、教職員等によるベンチャーが6%となっています。
最近では、起業家教育の拡充や、インキュベーション施設の整備により、大学在学中または修了直後に起業するケースも増加しており、大学が起業家の「育成拠点」としての機能を高めていることが分かります。
主な産業分野:「IT」「バイオ・医療」などディープテック系が中心
業種分野別では、AI・ソフトウェア開発などの「IT系」と、再生医療や創薬などの「バイオ・医療系」が突出しています。大学に蓄積された高度な研究成果を元に事業化するという特性から、いわゆる“ディープテック”と呼ばれる領域が主戦場です。
また、クリーンエネルギー、気候変動対策技術、農業テックなど、社会課題と直結した分野でも存在感を増しており、社会的インパクトの大きな事業展開が期待されます。
資金調達の現実:VCはわずか、家族・知人に依存する初期段階
意外にも、大学発ベンチャーの資金調達の主な出資者は「創業家・その家族・知人」が最多で、PoC前の段階では54%にのぼります。次いで「取締役・従業員」からの出資が約25%。一方、ベンチャーキャピタル(VC)からの出資は全体で6~15%程度に留まっており、外部資本との接点が限定的であることが浮き彫りになりました。
ステージが進むと、地方銀行・信用金庫などの金融機関からの融資も増えてきますが、資金調達の難しさは一貫しており、特に初期段階では「エンジェル投資家とのマッチング」「GAPファンドの獲得」「事業会社との連携」など、多面的なサポートが求められています。
IPO実績は65社。代表的な大学発上場ベンチャー

本調査で確認された大学発ベンチャーのIPO済企業数は65社で、時価総額合計は1兆6,876億円(2024年3月時点)に達しています。代表的な上場企業には、ペプチドリーム、PKSHA Technology、ユーグレナ、レノバ、CYBERDYNEなどがあり、いずれも高度な研究成果をもとに独自の市場を切り拓いてきた企業ばかりです。
ただし、2024年に新たにIPOした大学発ベンチャーはゼロであり、成長と出口戦略との間に時間差があることも事実です。IPOまでの期間は10年以上が主流であり、研究成果を社会実装するための「時間と資金の壁」が浮き彫りになっています。
求められる支援は何か?現場の声から見えるニーズ
本調査では、大学発ベンチャーおよび大学支援機関へのヒアリング調査も行われており、実際に現場で求められている支援内容が明らかにされています。
最も多かったのは、事業化前の支援金制度(ギャップファンドなど)の充実です。また、研究成果を実際の顧客ニーズに結びつける「ピッチ機会」や「販路開拓支援」、さらには「専門家とのネットワーキング支援」などが多く挙げられました。
特に「地方の大学発ベンチャー」からは、VCとの接点がなく、学外の支援者とも繋がれないという孤立状態の課題が強く訴えられています。
国に対して求められる支援も明確に
大学発ベンチャーが国に対して求める支援は、以下のような内容に集約されます:
- 起業支援人材の確保と人件費助成
- 博士人材の雇用促進制度
- 海外特許取得や国際展示会出展の補助
- 地域インキュベーション施設への支援
- ベンチャーキャピタルとの連携促進
- 起業を後押しする学内制度改革への誘導
こうした要望は、単なる資金の補助にとどまらず、「支援の持続性」「地域間格差の是正」「人材と資金のマッチング基盤づくり」といった構造的な課題の解決に向けた支援が求められていることを示しています。

ステージ別に異なる課題と支援の設計
大学発ベンチャーは「シード」「PoC後」「製品提供後(赤字)」「黒字転換前後」といった事業ステージによって、直面する課題も求められる支援も異なります。特に多いのが「製品提供を開始したが、赤字状態が続いている段階」で、ここを乗り越えるためには、資金調達支援と事業の収益化ノウハウの導入が必要です。
このステージごとの支援が適切でない場合、せっかくの研究成果が市場に届く前に消えてしまうこともあり得ます。
中小企業診断士として何ができるのか?
中小企業診断士の立場から見ても、大学発ベンチャーの支援は非常に重要な分野です。たとえば以下のような関わりが考えられます:
- 事業計画・資金計画のブラッシュアップ支援
- ステージに応じたマーケティング戦略の構築
- パートナー企業・販路とのマッチング支援
- IPO・M&Aに向けた管理体制整備支援
- 起業家教育の講師やメンターとしての参画
単なる「経営支援」の枠を超えて、大学や研究機関と経済界をつなぐ橋渡し役としての役割が求められているのです。
まとめ|大学発ベンチャーは日本の成長戦略の中核へ
今回の調査は、大学発ベンチャーが「量的拡大」と「質的進化」の両輪で着実に進んでいることを示しました。一方で、初期資金、経営人材、販路、支援環境の不均衡といった多くのボトルネックが依然として存在しています。
こうした課題に正面から向き合い、産官学金それぞれの立場から連携し支援していくことで、大学発ベンチャーは、日本経済の再生と新たな価値創造の柱となるでしょう。
本調査の詳細は以下をご覧ください。
令和6年度大学発ベンチャー実態等調査の結果を取りまとめました(速報)https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/start-ups/reiwa6_vc_cyousakekka_houkokusyo.pdf