~9回目の価格交渉促進月間フォローアップ調査から見える課題と突破口~
原材料費・エネルギー費・労務費の上昇が続く中、価格にその上昇分を反映できるかどうかは、中小企業の経営に直結する最重要テーマです。2021年から始まった「価格交渉促進月間」は、2025年9月で9回目を迎え、今回も大規模なフォローアップ調査が実施されました。
本記事では、中小企業診断士として日々経営者の声を聞く立場から、調査結果をわかりやすく解説します。
加えて、アンケートに寄せられた“企業の生の声”を紹介しつつ、2025年以降の中小企業が取るべき戦略を考えていきます。
さらに、中小企業庁が提供する「価格交渉講習会」もあわせて紹介します。
価格交渉は「89.4%が実施」──着実に浸透しつつも約1割は依然として交渉できず
2025年9月調査では、「価格交渉が行われた」企業は 89.4% と、前回(2025年3月)からわずかに上昇しました。
特に注目すべきは、
- 発注企業側から交渉を申し入れた割合が 34.6%(3ポイント増)
という点です。
政府や大企業の意識改革の効果も見え始めています。
■ 一方で依然として「約1割の企業は交渉に至らず」
価格交渉ができなかった企業は 10.6% と、依然として大きな壁が残ります。
その背景には、アンケートに寄せられた次のような“切実な声”があります。
▲「申し入れがあったが、取引停止をほのめかされ、泣く泣く交渉を断念した」
▲「労務費の交渉を求めたが『自助努力で』と言われ話が進まなかった」
▲「根拠資料を提出したのに、数カ月返事が来ず、途中で諦めた」
このように、形式上は交渉の場が用意されても、実質的には対等な交渉ができていないケースが多くあります。
労務費の価格交渉は「7割超で実施」──ただし“交渉失敗率”は依然5.9%
今回の調査では、労務費の上昇に対する価格交渉状況も詳細に確認されています。
その結果、価格交渉が行われた企業のうち 71.9%が労務費の交渉も実施 していました。
しかし一方で、
「労務費は上がっているが交渉できなかった」企業が5.9%存在しています。
具体的には次のような声です。
▲「詳細資料を求められ提出したが『エビデンス不足』と言われ交渉不成立」
▲「人件費上昇の話をすると“よそに替える”と言われ交渉の糸口さえ見えない」
2023年に策定された「労務費指針」が浸透しつつある一方、まだ十分に活用されていない現場が多いことが分かります。
価格転嫁率は「53.5%」で横ばい──“二極化”が深刻に
今回の価格転嫁率(コスト全般)は 53.5% と、前回から約1ポイント上昇したものの、依然として厳しい状況です。
■ 全額転嫁できる企業 vs ほぼ転嫁できない企業
調査では、
- 「一部でも転嫁できた」企業:83.1%
- 「全く転嫁できない、または減額」企業:16.8%
という結果になりました。
横ばいでありながら、
“転嫁できない企業”が取り残され、二極化が進んでいる 状況が明確に示されています。
アンケートでは強い不満の声も寄せられています。
▲「根拠資料を提出しても『認められない』と一言で片づけられる」
▲「価格引き上げを打診すると、納品量を減らすなどの圧力を受ける」
一方で、良好な例も存在し、企業間での姿勢の差が浮き彫りになりました。
○「毎年データを基に交渉し、双方が納得できる形で決着している」
○「電力価格が下がった際には、こちらから値下げ提案すると反映された」
コスト要素別:エネルギー費が最も転嫁しにくい構造
要素別では以下の通りでした。
- 原材料費:55.0%
- 労務費:50.0%(初めて5割に達した)
- エネルギー費:48.9%(最も低い)
エネルギーコストは「一律の基準で値決めされやすい」構造があるため、交渉が難航する傾向があります。
都道府県別:最上位は島根県(58.6%)、最下位は岩手県(45.5%)
都道府県別の価格転嫁率を見ると、
上位県と下位県で10%超の差 が出ています。
- 1位:島根県 58.6%
- 46位:群馬県 45.8%
- 47位:岩手県 45.5%
地方自治体の取り組みの差が、そのまま企業の転嫁体質に影響していることが推察されます。
取引階層別:4次請け以上の転嫁率はわずか42.1%
取引階層が深くなるほど価格転嫁率が下がり、4次請け以上では「全く転嫁できない・減額」が29.5% にも達します。
中小企業が多重下請構造の底にいるほど、価格交渉力が弱まり、転嫁が進まない構造的問題が見て取れます。
官公需は「入札方式の限界」が浮き彫りに
官公需(国・自治体の発注)では次が明らかになりました。
- 価格転嫁率は 52.1% とほぼ横ばい
- 入札価格で決まる案件が9割
- 交渉自体は 89.5%で実施
しかし企業の声には次のような“制度の壁”が目立ちます。
▲「予算が減っており、交渉しても結局数年同額の契約」
▲「スライド条項があるが、適用条件が厳しく実質使えない」
▲「最低価格制限がなく、競り下げ競争になるためコスト反映は困難」
官公需は一見ルールが明確ですが、価格交渉の余地が小さく、改善余地が大きい分野と言えます。
支払条件の課題:7.1%が「60日超の支払い」

支払い条件に関しては次の課題が残っています。
- 現金払いは82.2%だが、手形・電子記録債権の利用は約18%
- 支払サイト60日超は 7.1%
- 振込手数料を受注側が負担している企業が29.9%
アンケートにはこんな声が寄せられていました。
▲「下請法の対象外だといわれ、手形サイト短縮を拒否された」
▲「振込手数料は当然のように受注側負担。毎回交渉する気力が奪われる」
支払条件もまた中小企業の利益圧迫要因として深刻です。
中小企業がすぐに取り組むべき3つの行動
調査結果をふまえると、次の3つはすぐに取り組むべき優先課題です。
① 根拠資料の整備
見積根拠を整理し、価格交渉に備える。
② 労務費指針の活用
「労務費の上昇は価格に反映すべき」という国の正式指針がある。活用しない手はない。
③ 交渉スキルの強化
交渉の場は増えている。「どう伝えるか」で結果は大きく変わる。
そのためにも以下の講習会の活用を強くおすすめします。
【おすすめ】中小企業庁「価格交渉講習会」が全国で開催中
価格交渉に不安がある企業向けに、中小企業庁は「価格交渉講習会」を無料で実施しています。
講習会では、
- 価格交渉のポイント
- ロジカルな説明の仕方
- 労務費指針の活用方法
- 発注者と対等に交渉するためのスキル
など、実務でそのまま使える内容が学べます。
交渉率は上がってきていますが、「どう交渉すればよいかわからない」という声は非常に多く、参加価値は高いです。
まとめ:価格交渉は“結果が変わる時代”に入った
9回目の価格交渉促進月間の調査結果を見ると、
- 交渉の場は確実に増えている
- 少しずつ転嫁率は改善している
- しかし企業間格差は広がっている
という現状が明確になりました。
つまり今は、
「交渉できる企業は利益を確保できるが、交渉できない企業は取り残される」
という“結果差の時代”です。
中小企業が生き残るために必要なのは、
- データに基づく交渉準備
- 労務費指針の活用
- そして交渉スキルの強化
この3つです。
不当な取引慣行をなくし、適正な利益を確保するためにも、ぜひ価格交渉講習会の活用を検討してみてください。


