はじめに
昨今、社会問題として注目を集める「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。従業員を理不尽な顧客対応から守ることは、企業の社会的責任であり、健全な職場づくりの重要な要素です。
そのような中、東京都が推進する「カスタマーハラスメント防止対策推進事業 企業向け奨励金(以下、カスハラ奨励金)」の募集がスタートしました。本記事では、本奨励金の目的から申請方法、支給の流れ、具体的な活用例までを分かりやすく解説していきます。
本奨励金の目的:なぜ今、カスハラ対策が求められているのか?
「カスタマーハラスメント」という言葉を耳にしたことはありますか?
過剰なクレームや暴言、無理難題を従業員に押し付ける行為のことを指します。これらの行為は、従業員の心身に大きなストレスを与えるだけでなく、離職や職場の士気低下を招く原因にもなっています。
そこで東京都は、令和7年4月1日から「東京都カスタマーハラスメント防止条例」を施行。企業に対して、カスハラ対策の実施を強く促すようになりました。
この奨励金は、東京都内で事業を営む中小企業が、マニュアル整備や実践的な対策を導入するための費用負担を軽減し、積極的にカスハラ対策に取り組めるよう支援するものです。単なる補助ではなく、組織改革の第一歩としての意味を持ちます。
奨励金の概要:支給額や対象となる取組内容

令和7年度のカスハラ奨励金では、対象企業に対して一律「40万円」が支給されます。支給対象となるのは、以下の取組を実施した事業者です。
カスタマーハラスメント対策に関するマニュアルの作成・改定
マニュアルには、以下の内容が必須とされます。
- カスハラの定義
- 基本方針
- 顧客対応の考え方
- 社内体制整備(相談窓口設置など)
策定後には、社内での周知も必要です。
カスタマーハラスメントに対する基本方針の策定と周知
マニュアルの一部として、または独立した方針として、顧客や外部にも分かる形で基本方針を公表します(例:店頭掲示、HPへの掲載)。
実践的な取組を1つ以上実施
以下のいずれかの対策が求められます。
- 録音・録画環境の整備(通話録音装置や監視カメラ等)
- AIを活用したカスハラ対応システムの導入
- 外部人材(弁護士、中小企業診断士等)の活用(研修・相談等)
実施期間と申請スケジュール
この事業は以下の期間に実施されます。
- 事業実施期間:令和7年6月30日〜令和8年3月31日
- 第1回申請受付期間:令和7年6月30日(月)~8月8日(金)17:00まで
なお、申請件数が上限(1,000件)に達した場合、期間中であっても受付が終了することがあるので、早めの準備が重要です。第2回以降の申請受付は、HPで開示される予定です。
対象事業者の要件とは?
申請にあたっては、次の条件をすべて満たす必要があります。
- 東京都内で1年以上継続して事業を行っている中小企業または個人事業主
- 常時雇用する従業員が300人以下
- 都内に本社または事業所を有していること
- 都税の未納がないこと
- 労働関係法令を遵守していること(最低賃金、36協定、有給取得義務など)
- 風俗営業や暴力団関係者との関係がないこと
- 他の類似補助金(カスハラ同目的)と重複しないこと
取組① 録音・録画環境の整備【安心・安全な顧客対応の基盤づくり】
目的と概要
暴言や脅迫的な言動にさらされるリスクのある業務において、録音・録画環境の整備は「事実の記録」と「抑止力」の両面で極めて有効です。とりわけ、対面や電話でのクレーム対応業務を担う部署では必須の対策といえます。
対象となる整備の具体例(OK事例)
- 録音対応:従来の通話専用電話機に、録音機能を追加できる装置の導入
- 録画対応:録画機能付きのネットワークカメラを店舗や受付などに新設
- 増設対応:既存の録音設備を拡張し、対応範囲を拡大する場合
対象外となる事例(NG事例)
- パソコン、スマートフォン等の汎用機器の購入
- リース期間が6ヶ月未満の契約
- カスハラ目的以外の防犯機器
- フリマアプリ等での購入(信頼性や契約確認が困難なため)
- 都外事業所の整備のみ
実施に必要な要件
- 機器の購入・契約日が令和7年4月1日以降であること
- 使用目的が明確にカスハラ対策であること
- 機器の仕様・型番等がパンフレットや契約書で確認できること
- 導入した機器の「運用ルール」を策定していること
- 社外に対して録音・録画の実施を掲示等で周知していること
実務上のポイント
- カメラの設置にあたっては、盗撮・盗聴と誤解されないように周囲への「録画中」の掲示が不可欠です。
- 通話録音装置を導入する場合、「録音の同意アナウンス」の有無を検討しましょう。
取組② AIを活用したカスハラ対策システムの導入【テクノロジーを使った予防と分析】
目的と概要
AI技術の進化により、顧客応対中の危険兆候を自動で検知し、早期対応が可能となっています。
対応者の負担を減らし、リスクの可視化と共有が可能になります。
対象となるシステム導入例(OK事例)
- 感情認識AI:顧客の怒声や高圧的な声色を感知し、管理者へアラート通知
- 音声分析AI:録音データを解析し、カスハラ発生の有無を記録・報告
- チャットボット:事前対応を自動化することで、従業員のストレスを軽減
- 疑似クレーム訓練システム:AIによる研修教材で、従業員の対応力を向上
対象外となる事例(NG事例)
- ChatGPTなどの生成AI単体の導入
- 顧客応対とは直接関係しない一般的な受付ロボット
- 無料体験プランやトライアルのみの契約
- 既存システムのバージョンアップや更新契約
実施に必要な要件
- システムの導入日が令和7年4月1日以降であること
- 6ヶ月以上の有償契約であること
- AIが活用され、かつカスハラ対策に用いられることが明確であること(パンフレット等で確認)
- 社内への周知がなされていること
- 運用ルールを明文化していること
実務上のポイント
- AIを導入する場合、「活用目的の明記」と「利用マニュアルの整備」が重要です。
- ベンダー側と連携し、契約書や仕様書に「カスハラ対策目的であること」を明記してもらいましょう。
取組③ 外部人材の活用【専門家との連携で対応力アップ】
目的と概要
限られた人的資源で対応する中小企業にとって、外部専門家との連携は有効な対策です。専門家の知見や支援を受けることで、職場全体の意識向上や制度整備が進みます。
活用パターン
ア:継続的な相談契約
- 契約対象:弁護士、社会保険労務士、中小企業診断士、労働衛生コンサルタント等
- 例:労働問題やクレーム対応に関する相談体制を6ヶ月以上の契約で整備
イ:スポット契約での研修講師
- 契約対象:同上の専門家や研修会社
- 例:従業員向けにカスハラ対応スキル研修や条例理解研修を実施
ウ:警備会社との法人契約
- 契約対象:都内に営業所を持ち、法的要件を満たす警備業者
- 例:警備員の常駐や緊急通報対応体制を導入
対象外となる事例(NG事例)
- 無料相談、セミナーへの参加(費用発生がない場合)
- 家庭向け警備契約
- 6ヶ月未満の契約(ア・ウ)
- 法人でない個人との契約や、個人名義での契約書・領収書
実施に必要な要件
- 令和7年4月1日以降の新規契約であること
- 契約書の提出が可能であること
- 活用した内容について周知・運用ルールを明記すること
- 専門家による助言や対応策が明文化されていること
実務上のポイント
- 社内外に対して「第三者の支援を受けている」ことをアピールすることで、対外的な信頼感も向上します。
- 契約の際は「カスハラ対策目的」の記載を明確にしておきましょう。
申請の流れと提出書類

電子申請(Jグランツ)のみ
申請は、国の電子申請システム「Jグランツ」経由で行います。
事前に「GビズID(gBizIDプライム)」の取得が必須となりますので、早めに準備しておきましょう。
主な提出書類
- 支給申請書(様式第1号)
- 誓約書(様式第2号)
- カスハラ対策マニュアル
- 周知資料(社内・社外)
- 実践的取組に関する資料(契約書、領収書、写真等)
- 納税証明書、登記簿、開業届など
支給の決定と奨励金の受取り
審査の結果、支給決定が下された場合は「決定通知」がJグランツを通じて届きます。その後、改めて支給請求手続き(口座振替依頼)が必要です。
請求からおよそ1ヶ月で、指定口座に奨励金が振り込まれます。
まとめ:現場に即した取組を選び、実行力あるカスハラ対策を
本奨励金では「金額」よりも「行動」を重視しています。単にマニュアルを作るだけでは不十分で、実際に社内に制度として根付かせ、従業員が守られているという実感を得ることが求められます。
AI導入、機器整備、専門家の活用など、自社の業種や職場の実情に合った取り組みを選ぶことが大切です。
中小企業だからこそ、迅速な行動と柔軟な対応力でカスハラに立ち向かう。そのための後押しとなるのが、今回の奨励金です。
制度の趣旨を正しく理解し、今こそ本気で「従業員を守る」経営へと一歩踏み出しましょう。
申請をご検討される方際には、以下の募集要項をご確認の上、ご不明な点は事務局または専門家にご確認下さい。