中小企業の経営において、近年ますます重要性を増しているテーマの一つが「事業承継」です。
多くの経営者が高齢を迎える中で、「誰にどう事業を託すのか」という問いは避けて通れない課題になっています。
日本政策金融公庫が2025年6月に発表した「事業承継に関するアンケート調査結果(生活衛生関係営業を対象)」は、こうした実情を明らかにする貴重な資料です。さらに、公庫が展開する「事業承継マッチング支援」によって実現した具体的な成約事例も多数紹介されており、実務的なヒントが詰まっています。
本記事では、この調査結果とマッチング支援の概要、そして3つの成功事例を通じて、中小企業がこれからどのように事業承継へ向き合っていくべきかを読み解きます。
中小企業診断士としての視点から、専門知識がない読者にも分かりやすく解説します。
承継を「考えている」企業は約半数。しかし準備は十分とは言えない
2025年3月に実施された日本政策金融公庫の調査では、経営者の年齢が60歳以上の1,785社を対象に、事業承継への意向を尋ねています。
その結果、「事業承継の意向がある」と回答した企業は47.3%。これはすなわち、約半数の企業が「誰かに引き継ぎたい」という希望を持っていることを示しています。一方で、「承継の意向はない」が21.8%、「まだ考えていない」が30.8%と、依然として行動に移れていない層が過半数を占めるという課題も明らかになりました。
企業の規模によっても意識に違いが見られ、小規模事業者ほど承継に消極的な傾向が強まります。たとえば、従業員数が2人以下の企業では、承継の意向を持つ割合がわずか27.9%に留まっているのです。採算状況によっても意識に差があり、黒字企業では65.7%が承継を希望しているのに対し、赤字企業ではその割合が38.8%にとどまりました。
後継者不在は深刻な課題。親族内承継が中心だが限界も
承継の意向がある企業のうち、「すでに後継者が決まっている」と答えたのは58.7%でした。「候補者はいるが未確定」が20.9%、「候補もいない」が20.4%。
つまり、5社に1社は後継者が見つかっていない状態にあります。
後継者との関係性を尋ねたところ、「子ども」と答えた割合は78.6%で、今なお「親族内承継」が中心です。しかし、少子化やライフスタイルの多様化により、子どもが事業を継がないケースも増えており、このモデルだけに依存するには限界があると言えます。
「後継者がいないから廃業する」は本当にもったいない選択
事業承継を「しない」と回答した企業にその理由を尋ねたところ、最も多かったのが「後継者がいないから」で58.9%。次いで「自分の代で終わらせたかった」(55.5%)、「業績が悪い」(26.6%)など、現実的な理由が並びます。
しかし、興味深いのは、「現時点で承継は考えていない」「意向はない」と答えた企業でも、第三者から「継ぎたい」と打診があった場合、約4社に1社が『検討する』と回答している点です。
つまり、「相手がいれば話は別」という経営者は意外と多く、後継者不在でも継続の可能性は残されているのです。
信頼される公的制度「事業承継マッチング支援」とは?
このような課題を抱える中小企業を支援すべく、日本政策金融公庫が展開しているのが「事業承継マッチング支援」です。https://www.jfc.go.jp/n/finance/jigyosyokei/matching/
この制度は、後継者を探している小規模事業者や個人事業主と、創業を希望する個人・企業を無料でマッチングするサービスで、2019年度からスタートし、今では年間数千件の登録があります。
令和6年度までの累計では、17,465件の登録があり、2,058件の引き合わせが実施され、最終的に331件が成約に至っています。
数字だけを見ると成約率はやや低く感じるかもしれませんが、「譲渡側・譲受側双方が真剣に条件を整え、合意を形成する」という観点からすれば、十分に成果のある取り組みです。
成功事例①:長崎の味を引き継いだ、ちゃんぽん店の承継

最初に紹介するのは、愛知県で営業していたちゃんぽん店の事例です。長崎出身の夫婦が営んでいたこのお店は、本場の味を提供する人気店でしたが、高齢化に伴い、事業の継続が難しくなってきました。
最寄りの商工会議所に相談した結果、愛知県の「事業承継・引継ぎ支援センター」へ登録し、そこから日本政策金融公庫のマッチング支援にもつながりました。
一方、譲受側は長崎県出身で、定年を前に飲食店での創業を希望していた人物でした。
「同郷」という共通点や、お互いの事業観への共感を背景に、両者は短期間で信頼関係を構築。2023年10月に事業承継が成立しました。
成功事例②:美容室の未来を守った、若手従業員の決断
次に紹介するのは、ある地方都市の老舗美容室の事例です。経営者は70代後半で、30年以上地域に根差したサービスを提供してきましたが、体力的な限界を感じ、廃業を検討していました。
その話を聞いたのが、長年勤務していた30代の女性スタイリスト。彼女は「この店を残したい」と強く感じ、日本政策金融公庫のマッチング支援を活用し、引き継ぎの道を模索しました。
公庫のサポートのもとで条件交渉や資金計画を整理し、事業引継ぎ支援センターと連携してのスムーズな承継が実現しました。現在、彼女は経営者としてサロンを切り盛りしており、予約は以前にも増して好調とのことです。
成功事例③:公衆浴場の暖簾を守った地域起業家の挑戦
最後に紹介するのは、公衆浴場、いわゆる「銭湯」の承継事例です。後継者が見つからず廃業寸前だった昭和から続く銭湯が、地元の若手起業家の手によって再生されたのです。
この起業家は、地元で「地域コミュニティを再生したい」という志を持っていた人物で、温浴施設を使った地域交流拠点づくりを考えていました。公庫のマッチング支援を通じて廃業予定の銭湯に出会い、双方の思いが一致。
地元住民へのヒアリングやリブランディング計画を行ったうえで、事業承継が成立しました。改修後の銭湯は、カフェスペースや貸し会議室も併設し、新たな世代の顧客を呼び込む施設として地域に貢献しています。
まとめ:事業承継の成功は「想い」と「支援」がつなぐ
ここまで、調査結果や支援制度、実際の事例を通じて、事業承継の現状と可能性を見てきました。
「後継者がいないから」といって廃業を選ぶのは、経営者自身にとっても、従業員や地域にとっても、非常に惜しい選択です。
親族内に後継者がいなくても、同じ業界の若手、地域の起業家、あるいは従業員など、引き継ぐ可能性のある人は意外と身近にいるものです。
そして、そうした出会いの場を提供してくれるのが、日本政策金融公庫のような信頼ある支援機関です。無料で活用できるマッチング支援や情報提供ツールを通じて、未来に向けた一歩を踏み出すことが可能です。