近年、「年収の壁」による就業調整が大きな社会課題となっています。特に、103万円や130万円といった壁を意識して働くことを控える女性や主婦層の存在は、中小企業の人材確保にとって無視できない問題です。
このような中、東京都ではこの課題に対応するための新たな支援策として、「年収の壁突破」総合対策促進奨励金を実施します。今回は、その制度の目的や活用方法、具体的な交付条件等について、丁寧に解説していきます。
奨励金創設の背景と目的──「年収の壁」とは何か?
「年収の壁」とは、配偶者控除や社会保険の扶養制度などにより、特定の年収額を超えると手取り収入が逆に減ってしまう状況を指します。これにより、一定以上働くことを控えるケースが多発しています。
この問題は、企業側から見ると、優秀なパート社員や短時間勤務の非正規社員に長く働いてもらえない、人材確保が難しいといった課題につながっています。そこで東京都では、制度上の障壁を解消し、働く意欲のある人が能力を十分に発揮できる環境を整えるために、この奨励金制度を用意しました。
交付要件の概要──どんな企業が対象か?
この奨励金は、東京都内で事業を営む中小企業(個人事業主を含む)が対象です。主な要件は以下の通りです。
- 都内に本店または営業拠点があり、都内勤務の常時雇用労働者が1名以上在籍
- 雇用保険に加入した従業員が6か月以上継続勤務していること
- 就業規則を労働基準監督署に届け出ていること
- 法令違反歴や助成金の不正受給がないこと
- 労働関係法令を遵守していること(最低賃金・残業代・有給取得など)
- 都民税や事業税の未納がないこと
- 暴力団関係者ではないこと
- 奨励金専用WEBサイトからの事前エントリーに当選していること
要件をすべて満たすことが交付の前提です。
2つの支援コースで制度設計!対象となる取り組み内容と交付額
奨励金は、以下の2つのコースのいずれか、または両方に取り組むことが条件です。
① 配偶者手当見直しコース
目的
配偶者の収入要件によって支給されている「配偶者手当」を見直すことで、年収の壁による就業調整を防ぐ。
主な取り組み内容
- 配偶者手当の「収入要件の撤廃」
- 配偶者手当の「廃止と別手当への振替」
- 配偶者手当の「廃止と基本給への繰り入れ」
これらは、労使協定の締結 ➡ 就業規則の改正 ➡ 労働基準監督署への届出という順で行わなければならず、順番を誤ると交付対象外となります。
注意点
就業規則に記載があっても、過去に当該手当を一度廃止していた場合は対象外になる可能性があります。
② 社会保険加入促進コース
目的
社会保険への加入により収入が減る非正規社員に対して補助的な手当を新設し、加入促進を図る。
主な取り組み内容
- 社会保険料を補填する手当の新設
- 非正規雇用者の社会保険加入促進
- 就業規則の改正、労使協定の締結、社内周知・社内研修の実施
こちらも、取組の順序と実施時期が厳密に定められており、交付決定後3か月以内に全て完了する必要があります。
奨励金額
- 1コース実施:30万円
- 2コース実施:50万円
奨励金は1事業主につき年度内で1回限り。希望する場合は、事前エントリー時にどちらのコースかを選択してください。
奨励金を受け取るためのポイント解説

この制度を活用するには、単に申請すればよいわけではなく、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。
ポイント1:事前エントリーが必須
本奨励金は「抽選制」です。まずは奨励金特設WEBサイトから事前エントリーを行い、当選する必要があります。エントリーは令和7年5月から令和8年2月まで、全10回実施予定です。
ポイント2:スケジュール厳守
- 交付決定から3か月以内に取り組み完了
- 交付決定から4か月以内に実績報告書提出
- 提出期限を超えると奨励金は交付されません
ポイント3:専門家による個別相談を2回受ける
各コースとも、交付決定日から1か月以内に1回目、3か月以内に2回目の専門家(社労士)との相談が必須。予約は専用フォームから行います。
ポイント4:社内研修と従業員への周知も義務
整備した制度について、すべての従業員(パート含む)に研修を実施し、制度内容や「年収の壁」の背景などを共有する必要があります。
経営における制度活用の意義と実践的アドバイス
中小企業にとって、採用難と人手不足は深刻な経営課題です。この奨励金を通じて、労働環境を整備し、人材定着と確保に繋げることは、企業の持続的成長に大きく寄与します。
実際、年収の壁に直面している従業員の不安を取り除くことは、働く意欲の向上や定着率の改善に直結します。また、制度改正を通じて企業のガバナンスを強化することで、社外からの信頼も高まります。
「奨励金をもらうこと」が目的ではなく、「制度整備による職場の質的向上」が真のゴールです。
まとめ:小さな制度改革が企業の未来を変える
令和7年度「年収の壁突破」奨励金は、中小企業にとって単なる金銭的支援を超えた「人材戦略の転換」を後押しする大きなチャンスです。
この機会に就業規則を見直し、従業員との信頼関係を築きながら、より持続可能な働き方を模索してみませんか?
制度の詳細や申請手続きについて不安な場合は、社労士や中小企業診断士などの専門家に相談することをおすすめします。
申請をご検討の方は募集要項をご確認の上、ご不明な点は事務局へお問い合わせ下さいhttps://nenshunokabetoppa-syoureikin.jp/wp/document/R7-nenshunokabetoppa-youkou.pdf