エネルギーコストや原材料費、労務費の高騰が止まらない現在、多くの中小企業が厳しい経営環境に直面しています。「仕入れ価格は上がっているのに、販売価格に転嫁できない…」「値上げを交渉したいが、根拠が示せない…」そんな悩みを抱える経営者の方は少なくありません。
そこで本記事では、中小企業庁と独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、SMRJ)が提供する【“価格転嫁”検討ツール】を紹介します。このツールを活用することで、自社における価格転嫁の必要性を「見える化」し、価格交渉の土台を整えることができます。
中小企業の現状、価格転嫁の課題、そしてこのツールの機能・使い方まで、わかりやすく解説していきます。
中小企業を取り巻く価格転嫁の現状とは
2024年9月に実施された「価格交渉促進月間」のフォローアップ調査によれば、価格交渉が行われた中小企業の割合は全体の約54.9%。一部でも価格転嫁できた企業は79.9%と、一定の前進が見られる結果となりました。
しかしその一方で、「価格交渉を申し出たが応じてもらえなかった」「取引停止を恐れて交渉自体を控えた」という企業も依然として約15%存在し、特に取引構造の末端(4次請け以降)の企業では、転嫁率はわずか35%程度という調査結果も示されています。
このように、価格転嫁が困難な実情は、業種・取引構造によりばらつきがあるものの、下請け構造が強い日本の産業構造全体に深く根付いている課題であると言えるでしょう。
価格転嫁が進まない原因はどこにあるのか?
価格転嫁ができない主な要因には、以下のような構造的・心理的要素があります。
- 取引先への遠慮や恐れ
「交渉すると取引が打ち切られるのではないか」という不安が、交渉の妨げになっています。 - コスト上昇の具体的な数値が示せない
漠然と「原材料費が上がった」と言っても、取引先からすれば説得力がありません。数値的な裏付けが求められます。 - 価格決定の主導権が発注者側にある
特に入札方式や市場連動型価格設定の場合、受注側が価格に介入できる余地が限られています。 - 社内でコスト構造が把握できていない
どの商品や取引先が利益を出しておらず、どのコスト項目が大きな影響を与えているかを見える化できていない企業も多くあります。
このような課題に対して、具体的なコスト分析と論理的な説明力を持つことが、価格転嫁において非常に重要です。まさにその支援となるのが、「“価格転嫁”検討ツール」なのです。
“価格転嫁”検討ツールとは?機能と特徴を紹介
本ツールは、中小企業が価格交渉・価格転嫁を行う際に必要な「自社のコスト構造の把握」と「適正価格のシミュレーション」を支援するための無料ツールです。Web上で簡単に利用でき、Excel形式でのダウンロードにも対応しています。
【主な機能と特徴】
- 個別商品・取引先ごとの収支を可視化
商品や取引先ごとに売上・コスト・利益を分析し、価格転嫁の必要性が直感的に理解できます。 - シミュレーションで参考価格を試算
人件費・光熱費・原材料費などのコスト増を加味し、「いくらで販売すれば利益を確保できるか」を自動計算します。 - コスト高騰の影響をグラフで表示
視覚的に結果を把握できるため、社内外への説明資料としても活用可能です。 - 自由な集計単位で分析できる
「取引先別」「商品別」「事業部別」など、企業ごとにカスタマイズが可能。実態に即した分析ができます。
実際の使い方:4ステップで価格交渉の準備が整う

“価格転嫁”検討ツールは、以下の4ステップで進めていきます。
ステップ1:コスト高騰前の情報入力
過去の損益計算書をもとに、売上高・売上原価・販管費などを入力。基準となる原価構成や利益率を把握します。
ステップ2:現在の情報入力
直近の数値を同様に入力し、コスト高騰による収支の変化を比較。どの項目のコストがどれだけ上がったのかを明確にします。
ステップ3:影響の分析とシミュレーション
個別商品・取引先ごとに、実際のコスト構成を入力することで、営業利益の変動やコスト増の影響を具体的に確認できます。
ステップ4:参考価格の確認
価格転嫁を行った場合に妥当とされる参考価格が提示され、交渉時の根拠資料として活用できます。
これらのプロセスを通じて、単に「値上げしたい」ではなく、「この価格でなければ赤字になる」という客観的な主張が可能になるのです。
このツールが中小企業にもたらす3つのメリット
経営者の意思決定が明確に
どの製品が利益を生んでおらず、どの取引先が重荷になっているかを見える化することで、事業戦略の立案がしやすくなります。
客観的な説明で交渉力が向上
単なる感覚値ではなく、数字をベースにした価格交渉が可能になります。発注側企業にとっても納得しやすい材料となるでしょう。
社内の原価意識が高まる
部門ごとのコスト構造が明確になることで、社員一人ひとりが「コストに見合った利益を出す」という意識を持つようになります。
利用のポイントと注意点
このツールを使ううえでのポイントは「できる範囲から始めること」です。すべての数値を完璧に把握していなくても、売上高に比例させた概算入力から始めることができます。また、1度作成した分析シートは、価格交渉や支援機関との相談資料としても活用可能です。
なお、ツールは下記のURLから無償で利用可能です。
▶ 公式サイト:価格転嫁検討ツールトップページ
▶ 利用手順:ステップ別ガイド
価格転嫁サポート窓口
全国47都道府県に設置している「よろず支援拠点」に「価格転嫁サポート窓口」が設置されています。価格転嫁サポート窓口では、価格交渉に関する基礎的な知識や原価計算の手法の習得支援を通じて、中小企業の価格交渉・価格転嫁を後押しします。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/tenka_support.html
まとめ|価格転嫁を「根拠ある交渉」へ変える第一歩
原価の高騰は、今やすべての中小企業に共通する経営課題です。しかし、そこから目を背けたり、従来どおりの価格で我慢し続けたりするのではなく、「価格交渉の準備」を始めることが、持続的経営への鍵となります。
“価格転嫁”検討ツールは、そのための強力な武器です。数字に基づいた論理的な交渉こそが、取引先との信頼を保ちつつ、自社の利益を守る唯一の道です。
今すぐツールを活用して、自社の価格戦略を見直し、次の交渉に備えてみませんか?