最低賃金の引上げが続く中、「人件費の増加にどう対応すべきか」「賃上げの原資をどう確保するか」と悩む中小企業経営者の声を多く聞くようになりました。
そんな課題に応える形で、厚生労働省・中小企業庁が共同で発行した「最低賃金・賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援施策紹介マニュアル(令和7年版)」が、非常に実用的かつ分かりやすい内容になっています。
本記事では、中小企業診断士の立場から、現場で使える視点で内容を解説します。ぜひ最後までお読みいただき、自社の経営に役立ててください。
なお、各支援の詳細の内容、対象者、募集スケジュール等は表示しているURLの各サイトにてご確認下さい。
マニュアル作成の背景
この支援マニュアルの背景には、最低賃金の全国的な引上げ傾向があります。令和6年度の最低賃金は全国加重平均で前年比51円の引上げとなり、今後もさらなる引上げが見込まれます。
一方で中小企業・小規模事業者は、人件費負担に耐えながらも持続的な経営と雇用を維持しなければなりません。こうした企業が「単なるコスト増」に終わらず、生産性の向上や新たな成長のチャンスに転じるように設計されているのがこのマニュアルです。
賃金引上げに関する支援策
まずは賃金引上げに直接関係する支援です。主に助成金・税制・融資の3つの手段で構成されています。
業務改善助成金
最も注目されているのが業務改善助成金です。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html
- 従業員の最低賃金を一定額以上引き上げ
- そのための生産性向上設備や業務改善にかかる費用を助成
- 助成額は引上げ人数や引上げ幅に応じて最大600万円
例えば「在庫管理をPOSレジに切り替える」「工程管理をIT化する」といった改善が該当します。
キャリアアップ助成金
非正規雇用者を正社員化、あるいは賃金規定を見直すなどの取組に対して支給される助成金です。特に有期雇用労働者の処遇改善に悩んでいる企業にはおすすめです。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html
- 正社員化や賞与制度の導入など6つのコース
- 賃金規定改定の場合は1人あたり最大7万円
賃上げ促進税制(中小企業向け)
青色申告法人または個人事業主が、一定の賃上げ要件を満たした場合に法人税・所得税の控除が受けられます。https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai.html
- 控除率は最大45%
- 教育訓練費や女性活躍支援を組み合わせると控除率アップ
- 未控除額の5年間繰り越しも可能
企業活力強化貸付(働き方改革推進支援資金)
設備投資・運転資金について、賃上げと働き方改革を進める事業者向けの低利融資です。https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/hatarakikata.html
- 貸付限度額:最大7億2,000万円
- 特別利率(基準から0.4%引下げ)
生産性向上に関する支援策

賃上げの原資は「生産性の向上」にあります。政府は以下のような支援策で中小企業の業務改革を後押ししています。
固定資産税の特例
「先端設備等導入計画」に基づき取得した設備に対し、最大5年間で1/4まで固定資産税を軽減できます。https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/tokurei/kotei_shisan.html
- 認定を受けた設備投資に限定
- 導入時は地域金融機関や士業の支援を活用
中小企業経営強化税制
設備投資に関して即時償却または最大10%の税額控除が受けられます。建物新設時には雇用増加率に応じた特別償却も適用可能です。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/kyoka_zeisei.html
各種補助金制度
以下のような補助金で、投資や成長を支援しています。
- 中小企業省力化投資補助事業:簡易申請の「カタログ型」ありhttps://shoryokuka.smrj.go.jp/
- ものづくり補助金:最大3,000万円(特例でさらに上限拡大)https://seisansei.smrj.go.jp/subsidy_guide/subsidy_info/manufacturing_subsidy.html
- IT導入補助金:業務効率化やDX対応のためのITツール導入支援https://it-shien.smrj.go.jp/
- 成長加速化補助金:「100億円企業」を目指す中堅企業向け(最大5億円)https://seisansei.smrj.go.jp/subsidy_guide/subsidy_info/growth_acceleration_subsidy.html
下請取引の改善・新たな取引先の開拓に関する支援
価格転嫁や取引の健全化は、持続的な賃上げに欠かせません。
下請適正取引ガイドライン
各業種ごとに望ましい取引関係のあり方を示したガイドラインで、親事業者との力関係に悩む事業者にとっての指針となります。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/guideline.html
パートナーシップ構築宣言
企業同士がサプライチェーン全体で共存共栄を図るため、取引の適正化・透明化を宣言する制度です。https://www.biz-partnership.jp/index.html
- ロゴ使用可能
- 補助金申請時の加点対象
- 税制優遇の要件になる場合も
労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針
価格交渉の際、労務費上昇を適正に反映させる方法を12項目で具体的に示しています。https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka/romuhitenka-2.pdf
官公需調達支援
国や自治体との契約においても、最低賃金改定に伴う契約金額の見直しが可能であることが、官公需基本方針に盛り込まれています。
資金繰りに関する支援
セーフティネット貸付
一時的に業況が悪化した事業者向けの資金繰り安定化のための制度です。https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/07_keieisien_m_t.html、https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/07_keieisien_m.html
- 貸付限度額:最大7億2,000万円
- 利率:中小企業事業で2.05%(2025年4月現在)
小規模事業者向け「マル経融資」
商工会・商工会議所を通じて、無担保・無保証・低金利で資金調達できる制度です。https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/kaizen_m.html
- 貸付限度額:2,000万円
- 金利:2.00%(変動制)
雇用(人材育成)に関する支援

「人への投資」も今後の成長に不可欠です。
地域雇用開発助成金
雇用環境の厳しい地域で事業所を新設・整備し、地域住民を雇用した場合に支給。
- 1人あたり最大50万円上乗せ
- 大規模雇用には最大2億円の特例も
人材確保等支援助成金
テレワーク導入、外国人労働者の受入れ環境整備、雇用管理制度の導入など、魅力ある職場づくりに対する助成です。https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07843.html
- 離職率の改善がポイント
- 中小企業団体が構成企業の環境改善を図った場合にも支援対象
- 各種人材育成支援
- 人材開発支援助成金:職業訓練の実施費用を助成
- 特定求職者雇用開発助成金:高齢者、障がい者、母子家庭の就労支援
- 早期再就職支援助成金:中途採用支援
- 産業雇用安定助成金:出向制度を活用したスキルアップ支援
相談窓口の案内
制度を活用する際には、専門家との相談が不可欠です。
- よろず支援拠点:全国47都道府県に設置された中小企業の総合相談窓口https://yorozu.smrj.go.jp/
- 下請かけこみ寺:取引トラブルや契約相談https://www.zenkyo.or.jp/kakekomi/
- 働き方改革推進支援センター:賃上げ、労働環境整備、助成金の活用などhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198331.html
さらに、補助金検索サイト「ミラサポplus」では、自社に合った支援策を検索可能です。https://mirasapo-plus.go.jp/
まとめ:今こそ「賃上げ」と「成長」を両立するチャンス
最低賃金の上昇は、企業にとって試練であると同時に、自社の体質を見直す絶好の機会です。
- 賃上げに向けて助成金や税制で「原資確保」
- 生産性向上で「利益体質」へ
- 働きやすい職場づくりで「人材定着」
- 下請・取引改善で「公正な価格交渉」
- 融資支援で「資金繰りの安定化」
これらの制度を戦略的に組み合わせることで、単なる制度活用にとどまらず、経営の飛躍的な転換点として活用することができます。