原材料費やエネルギー費、労務費などの上昇が続くなか、中小企業にとって「価格交渉」や「価格転嫁」は経営の根幹に関わる重要課題となっています。2025年3月に実施された「価格交渉促進月間」フォローアップ調査では、実態把握を目的に全国の中小企業に対してアンケートやヒアリングが行われました。
本記事では、この調査結果を分かりやすく整理しつつ、「取引適正化に関する支援策」の活用方法についても解説していきます。中小企業の経営者や支援者の皆様が、より良い価格交渉環境を築くための一助となれば幸いです。
調査の概要:中小企業の声を反映する大規模な実態調査
「価格交渉促進月間」は、中小企業が発注企業と公正な価格交渉を行いやすくするために、2021年から毎年3月と9月に設定されてきました。今回で8回目の実施となった2025年3月の月間終了後には、以下の2種類の調査が行われました。
- アンケート調査:全国30万社を対象に、価格交渉・転嫁の実施状況を把握。6万5,725社からの有効回答(回収率21.9%)が得られました。
- 下請Gメンによるヒアリング調査:発注企業との交渉実態をより詳細に把握するため、現場での聞き取りを実施。
この調査は、単なる現状把握にとどまらず、改善が必要な企業に対しては大臣名での指導や助言につなげられるなど、政策的な意味合いも強いものとなっています。
中小企業における価格交渉の実態:交渉件数は増加傾向も、課題は残る
調査結果によると、直近6か月間において価格交渉が行われた企業の割合は89.2%と高水準。中でも、「発注企業側からの申し入れによって価格交渉が行われた」割合は31.5%に達し、前回より増加しています。
一方で、約11%の企業はコストが上昇しても価格交渉が行われなかったと回答しています。その背景には、「発注減少や取引停止のリスクを恐れたため交渉を控えた」という声も多く見られました。
また、労務費に関する交渉については、交渉が行われた企業のうち73.2%が労務費についても交渉したと回答し、前回より増加。一方で、「交渉を望んだができなかった」という回答も6.4%存在し、引き続き支援が必要な実態が明らかになっています。
価格転嫁の状況:一部改善も「転嫁できない層」が依然存在
価格転嫁に関しては、「一部でも価格転嫁できた」との回答が83.1%と前回より改善。しかし、「全く転嫁できなかった」または「むしろマイナスとなった」と回答した企業も16.9%存在し、二極化が進んでいる現状です。
転嫁率をコスト要素別に見ると、
- 原材料費:54.5%
- エネルギー費:47.8%
- 労務費:48.6%
と、労務費の転嫁率は他要素に比べてやや低い水準にとどまっています。
さらに注目すべきは取引階層による格差で、1次請け企業では53.6%の転嫁率だったのに対し、4次請け以上では40.2%にまで低下。取引段階が深くなるほど交渉・転嫁が困難になる傾向が見て取れます。
公共調達(官公需)における価格交渉・転嫁の現状
官公需においては、価格交渉が行われた割合は38.9%にとどまり、民間(60%超)に比べて依然として低い状況です。価格転嫁率は52.3%と全体平均と同水準ですが、「入札による価格決定」が約9割を占める構造的な要因が影響していると考えられます。
入札方式でも価格変動に対応できるよう、インフレスライド条項の活用や、原価計算をもとにした交渉の場が今後ますます重要となっていくでしょう。
中小企業向け支援策の活用:価格交渉・取引適正化のための具体的支援
価格交渉や価格転嫁を進めるうえで、有効に活用したいのが「取引適正化総合推進サイト」(https://tekitorisupport.go.jp/)です。
このサイトでは、以下のような支援メニューが用意されています。
下請法・独占禁止法に関する相談窓口
取引上の不公正な行為や価格交渉に関する悩みを、専門の相談員が無料で対応。匿名での相談も可能です。
下請Gメン制度
全国各地で専門の担当者が中小企業の実情を聞き取り、公正取引委員会等への情報提供や改善の働きかけを行います。調査の結果、必要に応じて行政指導が行われることもあります。
各種ガイドライン・ひな形の提供
・価格交渉を進めるための「労務費指針」
・価格交渉に使える要望書のひな形
・支払条件に関する「振興基準」など
これらの資料はPDF形式で無料ダウンロードが可能です。交渉の準備や、根拠資料としても活用できるため、ぜひ目を通しておきたいところです。
考察:価格交渉は「経営の武器」へと進化するか?

本調査結果からは、価格交渉・価格転嫁の取組みが着実に進展している一方で、「強い発注側」と「弱い受注側」という構造的な課題も根強く残っていることが分かります。
特に、中小企業にとっては「価格を上げたい」と思っても、相手の顔色を伺いながら交渉を躊躇してしまう場面が多く、十分な説明や根拠の提示ができないまま交渉が頓挫するケースも少なくありません。
今後は、以下のような視点が重要になるでしょう。
- 交渉を「あたりまえの経営行為」とする文化づくり
- 根拠資料や労務費のデータ整備をルーティン化
- 業種別支援メニューの周知と横展開
- 複数の企業が連携して交渉力を高める共同体形成
価格交渉は「下請けのお願い」ではなく、正当な原価上昇への対処です。中小企業の経営者自身がその意識を持ち、武器として活用することが、持続可能な経営の鍵となります。
まとめ
2025年3月の「価格交渉促進月間」フォローアップ調査では、価格交渉・価格転嫁の実態が大きく前進した一方で、交渉の不成立や説明不足といった課題も依然として存在することが明らかになりました。
中小企業が自らのコスト構造を把握し、堂々と価格交渉を行えるようになるためには、「支援策の活用」「知識の習得」「文化の醸成」が不可欠です。中小企業庁や公正取引委員会が提供する情報や制度を活用しながら、自社にとって最適な対応を進めていきましょう。