被災経験を糧に、進化を遂げた中小企業の物語――震災から学ぶ経営のヒント

政策

地震などの自然災害は、多くの中小企業にとって経営存続を左右する試練です。災害は突如として日常を奪い、長年築き上げたビジネスを一瞬で消し去ることさえあります。しかし、そのような極限状態の中でも、新たな道を切り開き、進化を遂げた中小企業の実例を日本政策金融公庫総合研究所の2025年レポート「被災経験をばねに進化する中小企業」が紹介をしています。

「被災経験をばねに進化する中小企業」は、逆境を機に変化し、より強い企業へと成長していく姿を描いた貴重なレポートです。

本記事では、「被災経験をばねに進化する中小企業」をもとに、4つの中小企業が直面した震災と、そこからの「復旧」ではなく「復興」=進化のプロセスを詳しく紹介します。

日本政策金融公庫総合研究所 2025年レポート「被災経験をばねに進化する中小企業」https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/soukenrepo_25_06_20.pdf


海楽荘(岩手県):地域と共に再出発した温泉宿の物語

 壊滅的な被害と生き残った「新館」

2011年の東日本大震災は、海沿いにあった民宿「海楽荘」に大きな爪痕を残しました。津波の高さは最大11.8メートルに達し、旧館は2階まで浸水し天井も崩落。設備は流され、2か月先まで予約で埋まっていた宿は、翌日にはゼロになりました。

 「恩返し」の理念が生んだ再生の力

津波被害を免れた新館は、ライフラインが断たれていたものの、再建の拠点となりました。代表の志田豊繁氏は、地元への感謝の気持ちを胸に、温泉の無料開放を決意。復旧した電気で源泉を汲み上げ、1日約300人の避難者に入浴の機会を提供しました。

その後、志田氏は従来の民宿という枠にとらわれず、「大船渡温泉」という大型ホテルを開業。地元産の魚介を活かした料理と、温泉の魅力で、復興関係者から観光客まで幅広いニーズに応える施設へと進化しました。部屋数は旧民宿の18室から69室へと大幅拡大し、地域経済の再生にも大きく貢献しています。


林精器製造(福島県):工場再建と医療機器への挑戦

 「絶対に再建する」から始まった物語

東日本大震災では、福島県須賀川市の本社工場が震度6強の揺れにより、約3分の2が倒壊。火災により図面や受発注データも消失し、被害総額は約20億円に達しました。しかし幸いなことに、出勤していた128人の従業員に怪我はなく、前代表の林明博氏は「絶対に再建する」と力強く宣言しました。

 自動化と高価格帯への転換

工場の一部機械は被害を免れたため、それらを移設して仮工場での操業を3か月後に再開。これを機に同社は自動化を加速し、価格競争の激しい製品から脱却。チタン製腕時計ケースや高精度部品など、高価格帯に特化しました。

さらに、福島県立医科大学との連携で、0.02mmのインプラント用フィルター「Tiハニカムメンブレン」などの医療機器開発を開始。従来の技術を転用しながら、医療分野に進出することで新たな収益源を確立しました。


サカタ製作所(新潟県):物流改革と再エネ事業への変革

 「物流の要」が止まった教訓

2004年の中越地震では、自動倉庫の停止により出荷が滞るという重大な支障が生じました。代表の坂田匠氏は、これを契機にモーダルシフト(鉄道輸送への転換)や拠点の分散を進め、BCP(事業継続計画)を強化しました。

 太陽光パネル金具という新事業

2008年には再生可能エネルギー分野へ参入し、太陽光パネル取り付け金具の製造を開始。2011年の東日本大震災とその後のFIT制度(固定価格買取制度)を背景に、パネル需要が急増。同社の出荷数は2年で1万個から320万個へと跳ね上がり、折板屋根用金具に次ぐ第2の柱となりました。

さらに、避難所の人々に金具の組み立てと梱包の仕事を提供し、雇用創出と復興支援の両立を実現。「残業ゼロ」など働き方改革にも着手し、企業文化の変革にもつなげました。


万協製薬(三重県):ゼロからの復活とビジネスモデル変革

 すべてを失った阪神・淡路大震災

1995年の阪神・淡路大震災で、神戸市長田区にあった工場は全壊。従業員25名を解雇し、唯一の取引先との関係も失いました。再建のための建築も法的に制限される中、代表の松浦信男氏は約2年後に三重県で新工場を設立。

 受託製造への大胆な転換と多角化

その後は自社製品の販売から受託製造へとビジネスモデルを転換。複数の取引先に対応できる体制を整え、売上は震災前の20倍に。さらに、農業やオンライン教育など異業種も含めたグループ経営に発展し、ホールディングス全体で売上100億円規模に成長しました。


被災を「成長の起点」に変えるための共通要素

4社に共通して見られたのは、被災を単なるマイナス要因ではなく、「変革の契機」として捉える前向きな姿勢です。以下のポイントは、事業継続計画(BCP)を超えた「事業進化戦略」にも通じる視点といえるでしょう。

 コアの再認識と活用

  • 海楽荘:地元支援という理念
  • 林精器:研磨・チタン加工の技術
  • サカタ製作所:折板屋根技術
  • 万協製薬:医薬品開発ノウハウ

 柔軟な事業構造の再設計

  • 高価格帯、医療機器、再エネ、受託製造など、時代と市場に即した再構築

 地域資源・政策との連携

  • 自治体との連携、復興支援制度の活用

 ビジョンとリーダーシップ

  • 経営者の明確な方針が社員や地域の信頼を獲得

まとめ:変化を受け入れる勇気が未来をつくる

本記事で紹介した中小企業4社は、すべて未曽有の災害に直面しながらも、それを転機として前に進む道を選びました。単なる「復旧」ではなく、「進化」へと転じた事業戦略は、貴重な示唆を与えてくれます。

被災のリスクは避けられなくとも、「その後の選択」は経営者次第です。

こうした事例を紹介し、「成長の起点」としての災害対応を一緒に考える機会としていただければ幸いです。

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