デジタル技術の急速な進展、人材不足、気候変動といった外部環境の変化は、中小製造業にとってますます大きな課題となっています。こうした変化に柔軟に対応するため、従業員のスキルをアップデートし、企業力を強化する「リスキリング」が注目されています。
今回は、日本政策金融公庫総合研究所が2024年12月に発表したレポート『アンケートと事例にみる中小製造業のリスキリングの実態』を基に、中小企業がいかにしてリスキリングに取り組み、成果を上げているのかを深掘りしていきます。
日本政策金融公庫総合研究所 『アンケートと事例にみる中小製造業のリスキリングの実態』https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/soukenrepo_24_12_20.pdf
とくに注目したいのは、リスキリングを戦略的に実践し成果を上げた4つの中小製造業の実践事例です。それぞれの事例から、導入のきっかけ、進め方、成果まで、成功のヒントを探っていきます。
リスキリングとは何か? なぜ今、中小製造業に必要なのか
リスキリングとは、「将来の仕事に必要なスキルを新たに習得すること」と定義されます。これは単なるスキルアップ(アップスキリング)ではなく、業務や役割の変化に対応するための根本的な“学び直し”です。
中小製造業では特に以下のような理由からリスキリングが求められています。
- デジタル化対応:生産管理や品質管理におけるIT活用が急務。
- 人材不足:即戦力を外部から確保するのではなく、既存人材の能力を引き出す必要性。
- 脱炭素・環境配慮:持続可能な経営のための新たな知識と実践が必要。
これらの背景を踏まえ、次章では実際の中小製造業におけるリスキリングの事例を詳しく見ていきます。
成果を出した4つのリスキリング実践企業の詳細事例
【事例1】株式会社斉藤光学製作所(秋田県)
テーマ:デジタル化の加速と従業員のITスキル強化
斉藤光学製作所は、カメラフィルター用のガラス材や半導体用結晶材の研磨に特化した企業です。同社が直面したのは、アナログ管理の限界。製造現場における生産と販売の管理を効率化するために、ITを活用した内部システムの構築が必要となりました。
そこで、外部IT専門家をメンターとして迎え、担当社員がソフトウェア開発やデジタルツールの導入を学ぶリスキリングを開始。結果として、リアルタイムで生産・販売状況を可視化できる自社システムを構築しました。
さらに同社では、20以上の選択型教育プログラムを整備。英語研修や業務改善ワークショップなど、個々のキャリアパスを意識した支援を行い、学ぶ風土を社内に根付かせています。
【事例2】大塚セラミックス株式会社(茨城県)
テーマ:データサイエンスと品質向上による収益改善
ファインセラミックス部品を製造する大塚セラミックスでは、製品ごとの採算性把握と品質改善を目指し、工場長の新井氏が県主催の「データサイエンティスト育成講座」に参加しました。
この講座では、データ分析のスキルだけでなく、実業務に即した統計やビジネス応用法も学び、不良品発生率の予測が可能に。これにより、収支の可視化と改善が進みました。
また、リスキリングによる成果を社内で共有することで、社員の学びに対するモチベーションも向上。データドリブンな工場運営への第一歩を踏み出しています。
【事例3】株式会社中村電機製作所(佐賀県)
テーマ:防爆電気機器における環境経営と新製品開発
中村電機製作所は、防爆電気機器を製造する企業として、環境対策と製品の高度化を同時に進めるためにリスキリングを導入しました。製造部門の次長が環境負荷計算や他社事例を学ぶセミナーに参加し、エコアクション21の認証を取得。結果として、電気代や材料費の削減にもつながりました。
さらに、社内で年2回行う新製品企画発表会がリスキリングのきっかけとなり、社員が自発的に知識習得へ動く文化が形成されました。その結果、同社は世界的にも珍しい防爆IoT機器の開発に成功しています。
【事例4】レグナテック株式会社(佐賀県)
テーマ:海外展開と脱炭素によるグリーンリスキリング
自社ブランドの木製家具を手掛けるレグナテックは、海外輸出と脱炭素化を同時に進めるため、専務が輸出関連の知識や語学力を学び直しました。社内では、端材を活用するクラブ活動「端材クラブ」を発足させ、現場主導での改善活動にもつながっています。
また、社長自らも地域連携型ブランド「SAGA COLLECTIVE」を立ち上げる中で、脱炭素に関する知識を深めるなど、経営層が学びの先頭に立つ姿勢が、全社的な学習文化の形成に大きく貢献しています。
成功企業に共通する「リスキリング推進のための4つの鍵」

4つの成功事例からは、以下の共通点が浮かび上がってきます。
- トップの関与と戦略的意思決定
すべての企業で、経営者や管理職が学びの先頭に立っていました。 - 社内外の学習環境整備
外部講座の受講や、社内プログラムの構築が成果に直結していました。 - リスキリング成果の活用機会の創出
新製品企画発表や改善提案など、インプットしたスキルを“使う場”が用意されています。 - 組織文化としての学びの定着
自発的な学び直しを促す制度や雰囲気が、企業全体の成長エンジンになっています。
おわりに:中小製造業の競争力は「学ぶ組織」から生まれる
今回紹介した4社は、いずれも「特別な企業」ではなく、地方に根差した中小製造業です。しかし、学ぶことを止めず、実行に移す文化を育ててきたことで、確実な成果を出しています。
リスキリングは、ただの教育研修ではなく、「変化に強い組織」をつくる中核施策です。中小企業こそ、自社の状況に応じた柔軟なリスキリングを取り入れることで、次の成長ステージに踏み出せるのではないでしょうか。