日本の中小企業が今、新たなステージへと舵を切っています。その象徴とも言えるのが「首都圏から地方への本社機能の移転」です。日本政策金融公庫総合研究所の最新レポート「首都圏から地方への移転で事業を拡大する中小企業」(2025年6月発行)によると、2024年には過去最多となる363社の企業が首都圏から地方へ移転。これは単なる移動ではなく、事業拡大と経営革新のための戦略的な一手なのです。https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/soukenrepo_25_06_23.pdf
本記事では、レポート「首都圏から地方への移転で事業を拡大する中小企業」における地方移転の最新動向と課題、そして事業を拡大した5つの中小企業のリアルな事例、さらに本社機能の移転を成功に導く経営戦略について解説していきます。
首都圏から地方への本社移転:動向と課題
地方移転は今やトレンドから戦略へ
かつては「東京に本社を構えるのが一流企業の証」とされてきましたが、今や「リスク分散」と「地域資源活用」の視点から地方への移転が注目されています。特にコロナ禍を契機に、「テレワーク対応」「地価や賃料の高騰回避」「災害リスクへの備え」などの理由で企業の地方シフトが加速しています。
移転による主なメリット
- 家賃・地価の大幅なコスト削減(例:東京133.9万円/㎡ → 地方平均12.5万円/㎡)
- 従業員のエンゲージメント向上
- 防災・事業継続性の確保
- 優秀な地方人材の確保
一方で課題も山積
- 現地での人材確保と教育
- 用地・不動産情報の収集
- 許認可や行政手続きへの対応
- 地域文化や商習慣への適応
こうした課題を克服し、成果を上げている企業の事例から学ぶことが、移転成功への近道です。
地方移転で成果を上げた中小企業の5つの事例
株式会社シャフト(アニメ制作/東京都杉並区→静岡県静岡市)
ポイント:地方で人材育成と内製強化を両立し、制作コストを削減
アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」などで知られるシャフトは、2022年に静岡市へ本社機能の一部を移転。スタジオ「AOI」を新設し、若手アニメーターの育成に注力しました。東京では即戦力の奪い合いとなる中、静岡では地元学生を採用し、ゼロから人材を育てる仕組みを構築。国の地方拠点強化税制や、静岡市の「Move To しずおか」助成金も活用し、固定費を削減しながら制作体制の強化に成功しました。
株式会社白山(光通信部品製造/東京都豊島区→石川県金沢市)
ポイント:移転を機に赤字脱却、地方から世界へ展開する成長企業に
通信インフラ用部品「MTフェルール」で世界シェア2位を誇る白山は、経営再建の一環として2016年に本社を石川県金沢市へ移転。これにより事務所賃料を削減するとともに、地元大学から優秀な研究人材を確保。IT人材の採用にも成功し、海外展示会にも積極的に出展するなど、グローバル展開を加速させています。
株式会社デキタ(宿泊・観光業/東京都文京区→福井県若狭町)
ポイント:地域資源を活かし、観光とまちづくりを融合した新ビジネスを創出
2018年、福井県若狭町へ本社移転したデキタは、文化庁認定の日本遺産「熊川宿」にて、古民家を活用したシェアオフィス・宿泊施設を展開。自治体・地域住民と連携し、観光×起業支援の複合的ビジネスモデルを構築しています。都市部では得られない「地域と共に育つ」経営の在り方が注目されています。
クオリティソフト株式会社(セキュリティソフト開発/東京都千代田区→和歌山県白浜町)
ポイント:クラウド技術を武器に、地方から全国展開を実現
ITセキュリティソリューションを提供するクオリティソフトは、2016年に南紀白浜に本社を移転。クラウド技術を活かし「どこでも働ける」環境を整備し、働き方改革と地域活性を両立させました。白浜の魅力を活かしたUIターン採用も進み、テレワーク時代のロールモデル企業として注目されています。
株式会社サザンクロスシステムズ(業務系ソフト開発/東京都荒川区→宮崎県宮崎市)
ポイント:分散型の拠点展開でBCPと新事業開発を同時に実現
2023年に宮崎市へ本社機能を移転。福岡、東京とともに三拠点体制を構築することで、災害リスクの分散と同時に、宮崎での研究開発を強化。IT人材の育成や若手エンジニアの採用を目的とし、宮崎市の支援を受けながら、地域産業と連携した新規事業にも取り組んでいます。
地方移転を成功に導くための経営戦略

5つの事例に共通して見られる成功のポイントを以下に整理します。
戦略的意思決定と経営者のコミットメント
- 単なるコスト削減ではなく、長期的な事業構想に基づいた移転であること
- 経営者が率先して移転の意義と方向性を社内外に伝える姿勢
支援制度の積極的な活用
- 地方拠点強化税制(法人税控除、設備投資減税)
- 地方自治体の移転助成金(例:静岡市、宮崎市など)
- 地域金融機関・商工会議所との連携
現地での人材確保と育成の仕組み
- 地元大学・専門学校との連携(産学連携)
- キャリアパスを明示した人材育成プログラムの構築
- OJTによる実践的スキルの習得支援
地域資源の活用と共創型経営
- 地域の文化、歴史、自然資源を新しい事業機会に変換
- 地域住民との共存共栄を志向した経営モデル
- ローカルネットワークを活用したPR戦略
まとめ:地方移転は中小企業にとって「新しい成長戦略」
今回紹介した事例からは、地方移転が単なる「経費削減のための逃避」ではなく、「事業を成長させるための積極的な攻めの一手」であることが明らかです。
コロナ禍以降、「首都圏に本社があることの意味」が揺らぎ始めています。テレワークやデジタル技術の活用が進む中で、地方でも全国・世界を相手にビジネスができる時代です。地域課題の解決と自社の成長を両立させる「共創型の経営」を目指し、中小企業が地域とともに歩む時代が本格化しています。
移転を検討中の経営者や支援機関の皆さまにとって、本レポートにある事例は確かな羅針盤となるはずです。